最高裁判所第二小法廷 平成3年(あ)15号 決定 1993年11月18日
本店所在地
東京都新宿区四谷三丁目一三番地
都市美研開発株式会社
右代表者代表取締役
竹内征春
本籍
東京都杉並区南荻窪四丁目三五番
住居
同新宿区須賀町三番地 オオキス四谷四〇五号室
会社役員
竹内征春
昭和一八年七月六日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成二年一一月二一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件各上告を棄却する。
当審における訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。
理由
弁護人井坂光明の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決の是認する第一審判決の認定にそわない事実関係を前提とするものであるから、所論は前提を欠き、その余りは、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であり、弁護人野田房嗣の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)
平成三年(あ)第一五号
○ 上告趣意書
被告人 都市美研開発株式会社
竹内征春
右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人の上告趣意は、次のとおりである。
平成三年三月八日
右弁護人 井坂光明
最高裁判所第二小法廷 御中
上告理由
第一 原判決には、判例の違反があるので、刑事訴訟法第四〇五条第二号によって破棄されるべきである。
原判決は、いわゆる虚偽不申告逋脱犯について、所得秘匿工作を伴わない部分も含めて、不申告にかかる所得の全額に関する税額に対して犯罪が成立する旨の判断をなしたが、これは、最高裁判所昭和二四年七月九日判決刑集三巻八号一二一三頁[旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)第六九条第一項に関する事案]、同昭和三八年二月一二日刑集一七巻三号一八三頁[旧所得税法(昭和二九年法律第五二号による改正前のもの]第六九条第一項に関する事案]及び同昭和三八年四月九日刑集一七巻三号二〇一頁[旧物品税法(昭和二四年法律第二八号による改正前のもの)第一八一条に関する事案]の各判例が、たとえ税逋脱の意図があったとしても単純な不申告については、逋脱犯は成立しないとしていることと相反するものである。
第二 仮に判例違反が認められないとしても、原判決には、法人税法第一五九条第一項の解釈適用を誤った法令の違反があり、判決に影響を及ぼすから、刑事訴訟法第四一一条第一号により原判決を破棄するよう求める。
一 虚偽不申告逋脱犯の成立する範囲は、所得秘匿工作によって秘匿された所得に関する部分に限られると解すべきである。
1 法人税法第一五九条は、「偽りその他不正の行為」による脱税を五年以下の懲役又は五〇〇万円以下の罰金に処する旨規定し、罰金額は脱税額が五〇〇万円を超える場合情状により五〇〇万円を超えその免れた法人税の額等に相当する金額以下とすることができ、さらに情状によって懲役・罰金を併科することができる旨規定する。
2 他方、同法第一六〇条は、単純不申告犯についての罰則規定があるが、同条の規定する罰則は、一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金であり、しかも情状によって刑の免除をなしうることとされている。
3 法人税法が、このように両者の罰則に大きな差を設けているのは、単純不申告の場合、同法第一四八条の規定する法人設立の届出さえなされていれば、不申告の事実は容易に税務当局に判明するから、調査によって所得を明らかにすることも容易であり、従って、法人税法の保護法益である国家の租税収入を害する危険において大きな差異があるとともに、行為の悪性の点でも差異があり、結局違法性の程度が大きく異なるためであると解することができる。
4 そこで、本件のように、所得の一部について秘匿工作をなした上で申告を行わなかった場合を考えると、所得秘匿工作を伴う部分については右に述べた法人税法第一五九条に該当するものの、その余の部分については、行為の違法性の点において同法一六〇条の定める程度の違法性が存するのみであり、この部分について逋脱犯の違法性は存しない。けだし、法人設立の届出さえなされていれば(本件の場合、これはなされている)、不申告の事実は税務当局に容易に判明し、従って調査によって所得秘匿工作を伴わない部分について所得を明らかにすることもまた容易であるからである。
5 すなわち、法人税法一五九条の罪が成立するためには、
<1>偽りその他不正の行為をなしたこと
<2>法人税を免れたという結果の発生
<3>右の<1><2>の間の因果関係
が必要であるが、虚偽不申告逋脱犯の場合、所得秘匿工作及び不申告が右<1>にあたるが、そのことから申告しなかった所得全体についての法人税を、同条の意味において免れたと解すべきでない。
6 従って、故意の問題以前に、そもそも虚偽不申告逋脱犯は、所得秘匿工作を伴わない部分については成立しないと言うべきである。
実際、極めて僅かの所得秘匿工作しかなされなかった場合にも所得全体について虚偽不申告逋脱犯が成立するとすることは、単純不申告とのバランスを大きく失することとなって妥当でない。所得秘匿工作のなされた部分が極めて少ない場合には、これを量刑において考慮すれば足りるとの見解も有りえようが、後者は刑の免除が可能とされているのに対し、前者はこれが不可能であるから、量刑における配慮のみでは、具体的妥当性を欠く場合を生ずると言わざるをえない。
7 なお、原判決は、虚偽不申告逋脱犯における実行行為は、不申告自体であって、所得秘匿工作は単に不法性を付与する事実に過ぎないと言う。しかしながら、先にも述べたように虚偽不申告逋脱犯においては、もし不申告の事実のみで所得秘匿工作が無ければ別個の構成要件である単純不申告犯に該当するのみであるから、虚偽不申告逋脱犯の実行行為が、所得秘匿工作及び不申告の両者であることは明らかであって、原判決の右見解は不当である。
8 また、原判決の引用する判例は、いわゆる虚偽不申告逋脱犯において、「具体的な所得秘匿の事実のすべてを罪となるべき事実に記載していない」点の違法を指摘した上告理由に対するものであり、従って、引用判例の判断も「所得秘匿の事実のすべてを罪となるべき事実に記載することは要しない」との点に限られるものであり、虚偽不申告逋脱犯の成立範囲に関するものではないと解すべきである。
二 虚偽不申告逋脱犯の故意について
1 右一5において述べたように、法人税一五九条の罪が成立するためには、
<1>偽りその他不正の行為をなしたこと
<2>法人税を免れたという結果の発生
<3>右の<1><2>の間の因果関係
が必要であり、虚偽不申告逋脱犯の場合、所得秘匿工作及び不申告が右<1>にあたるから、故意としては、所得秘匿工作、法定納期限までに確定申告書を提出しないこと及び法人税を免れることのすべてについての認識・認容を要すると解すべきである。
2 しかるに、原判決は、虚偽不申告逋脱犯の故意としては、所得秘匿工作をなした上で法定納期限までに確定申告書を提出しないことの認識・認容で足りるとしている点で、法令の解釈適用を誤っていると言うべきである。なお、原判決は、虚偽不申告逋脱犯が法定納期限の経過をもって成立することを理由の一に挙げるが、虚偽不申告逋脱犯の成立の時期と成立の範囲とは区別すべきであり、この点で弁護人は、虚偽不申告逋脱犯は、法定納期限が経過したとき成立するが、その範囲は所得秘匿工作にかかりかつ法人税を免れる意図の認められる部分に限られると主張するものである。
第三 原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があるから、刑事訴訟法第四一一条第三号によって原判決を破棄するよう求める。
一 被告人は、一審公判廷で供述しているように、全く税金を払わないつもりであったわけではなかった。そもそも、法人設立の届出をなせば、確定申告書を提出しなければ、当然に税務調査が予想されるのであるから、右設立届けをなしていることが被告人の右供述を裏付けていると言うべきである。そして、被告人が法人税を免れようとした部分は、以下に述べるように一審判決が認定し原判決もこれを認めた部分より遙かに少ない部分である。
二 まず、東五反田物件について、買主丸藤商事からの仲介手数料五七〇〇万円については、被告会社の領収書が発行されており、被告人には、この金額について法人税を支払う意思であったと認めるべきである。
三 次に、北新宿物件に関する仲介手数料収入五七〇〇万円ついても、起票されており、被告人には、この金額について法人税を支払う意思があったと認めるべきである。
四 さらに、被告会社の経費中、支払手数料について八二二万円、給料・手当につき一七七七万二四九〇円、その余の経費につき六三二万一六一一円の記載漏れがあり、従ってこの金額についても法人税を支払う意思であったと認めるべきである。
五 また、赤坂物件の土地譲渡についても、譲渡の事実を秘したわけではないから、被告人はこれを支払う意思であったと認めるべきである。
第四 原判決の刑の量定は甚だしく不当であるから、刑事訴訟法第四一一条第二号によって原判決を破棄するよう求める。
本件事案は、免れた法人税の額は少ないとは言えないとしてもわずか二件の不動産取引に関する所得にかかるものであること、右第三で述べたように原判決の指摘する法人税額全額についてこれを免れようとする意図は無かったこと、犯行態様についても、ことさら法人税を免れようとしたものというよりは、むしろ経理体制の不備から結果的に本件犯行を引き起こしたという面が有り、このことは収入のみならず経費に付いても漏れがあることからもうかがえること、被告人は本件犯行後深く反省し、その反省の現れとして本件の法人税のうち四二〇〇万円を納付し、また経理担当職員を採用した上税理士とも顧問契約を締結して、経理処理及び納税体制の万全を期していること、未納付の法人税についてもその納付に多大の努力をしていること、被告人には、二〇年以上も前の軽微なもの以外前科前歴は無いこと等を考慮すれば、被告人都市美件開発株式会社につき罰金二七〇〇万円、被告人竹内征春につき懲役一年六月執行猶予四年及び罰金二七〇〇万円の各刑は甚だしく不当である。
以上